若者論を研究するブログ

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子供の自殺にいちいち騒ぐな

最初に結論から書くと、子供の自殺増加の原因はコロナ禍による休校と2000年代半ば以降から続く学業時間の増加傾向だけでも十分に説明が付く。かつ、子供の自殺が増加したと言っても、最も自殺率の高い高校生でせいぜい世代人口の0.01%程度に過ぎない。個人的にはわざわざ騒ぎ立てるほどのことでは無いと思うが、もし一人でも減らす努力こそが大事だと言うのであれば、まずはその無責任な口を閉じたらどうだろうか。若年層ほど自殺に関する情報の影響を受けやすいことは比較的良く知られた現象である(Mueller & Abrutyn 2015; O'Carroll & Potter, 1994; Zimmerman et al., 2016)。

 

自殺統計

日本の自殺者に関する統計には、主に警察庁によるもの(自殺統計)と厚生労働省によるもの(人口動態統計)が存在する(森山 2019)。自殺統計は警察庁の自殺統計原票を集計した結果であり、「〇年中における自殺の状況」という形で公表されている*1。月別の自殺者数は当該月の翌月に速報値が発表され、年間の自殺者数は翌年の3月に確定する。

ただし、警察庁が発表する月別の速報値・暫定値では男女別・都道府県別の自殺者数しか公表されていない。月別のより詳細な数値については、厚生労働省自殺対策推進室が、警察庁から提供を受けた自殺統計原票データに基づいて公表している*2。年齢別、職業別、原因・動機別などのデータは「地域における自殺の基礎資料」で確認できる。

厚生労働省の人口動態統計に記載される自殺者数は、死亡届に基づいて作成された死亡票を集計した結果である。月別の自殺者数は当該月の約5か月後に「人口動態統計月報」で概数が公表され、年間の自殺者数は翌年の9月に公表される。警察庁の自殺統計とは異なり、職業別や原因・動機別などの詳細なデータは知ることができない。

この二つの統計に加え、文部科学省(旧文部省)は昭和49年から児童・生徒の自殺状況を調べており、現在は「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の中で自殺者のデータを公表している*3文科省調査は学校からの報告に基づいたものであり、学年別の自殺者数や自殺の原因・動機などが記載されている。

当初は公立中・高等学校のみを調査対象としていたが、昭和52年からは公立小学校、平成18年度からは国私立学校、平成25年度からは高等学校通信制課程も対象となっている。なお、昭和63年以降は年間の数が年度間の数に変更されている。

以上三つの統計が子供の自殺に関する主要な統計であり、これを参照しない議論は言語道断、支離滅裂、有害無益の電波妄言であると断言して良い。

 

自殺の原因について

子供の自殺についてはこの100年程、洋の東西を問わず盛んに議論が交わされてきた*4。その原因としては「意志薄弱」「気風の頽廃」「學業成績の不良」「病的名誉心」「煩悶的学問の弊」「家庭生活の困難」「内因的神経變質」「自然主義の流行」等々、様々な要因が提案されてきたが、これらの内いくつかは現代の統計によってその妥当性が裏付けられている。

上述した通り、自殺の原因・動機が記載されているのは警察庁の自殺統計と文科省の自殺状況調査の二つである。それぞれの調査について、自殺の原因・動機を集計した表を以下に示す。なお、自殺統計は職業と原因・動機をクロスした令和2年のデータが現時点で公表されておらず、文科省調査も令和2年度調査の結果が公表されていないため、いずれも令和元年(度)の結果である。

 

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まずは警察庁の自殺統計の結果である(上表)。令和元年の小中高生の自殺者総数は確定値(発見日ベース)で399人、そのうち特定された原因は376となっている。なお、平成19年以降は自殺統計原票に最大三件まで原因・動機が記載されるようになったため、原因が特定できなかった者の割合は分からない。平成18年以前の統計では概ね7割弱の学生自殺者の原因が特定されていない(遺書なし)。ちなみに、NHKの報道では令和元年の自殺者数は339人となっているが、これは暫定値を使っているためである*5

表を見てみると、自殺の原因・動機は「学校問題(157)」が最多であり、それに「家庭問題(80)」「健康問題(66)」が続いている。学校問題による自殺となるといじめ自殺を想起する人も多いだろうが、実際には表の右を見てもらえば分かるように、「いじめ(2)」は学校問題の中で最も少ない自殺原因である。「その他学友との不和(24)」を全ていじめによる自殺だと仮定しても、特定された原因の内7%程度しか説明しない。

 

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次に文科省の自殺状況調査の結果である(上表)。自殺者総数は317人、そのうち特定された原因は220となっている。文科省調査も自殺統計と同様、複数の原因が計上されている。表の通り、「家庭不和」「進路問題」「父母等の叱責」「精神障害」「えん世」がほぼ同数であり、それに「学業不振」「友人関係での悩み(いじめを除く)」が続く。こちらでも「いじめ」は比較的マイナーな原因であり、事実関係に関わらず「いじめがあったのではないか」という保護者からの訴えも計上している(文科省 2020)。

以上、二つの統計を見ると、子供の自殺原因はその大半が「家庭環境の悩み」と「学業上の悩み」であることが分かる。いずれの理由も子供の自殺研究では古くから指摘されてきた要因であり、他方で「いじめ自殺」など近年世間で大流行している自殺は残念なことに統計上は殆ど発生していない。

もしかすると、「いじめは学校が隠蔽するから」「遺書に書いてないだけ」と主張する人もいるかもしれない。勿論その可能性もあるのだが、一度立ち止まって考えてみてほしい。もし、いじめられて自殺した子供がそれを誰にも知らせなかったならば、それを一体どうして我々が知っているのか。我々のいじめ自殺に対するイメージの殆どはマスメディアの報道やフィクションによって形成されたものではないだろうか。

フィクションは言わずもがな、マスメディアの報道量も実態を反映しているとは限らない。たとえば、2017年には女子大生のスマホ運転による死亡事故が大いに世間の耳目を集めたが、ITARDAのデータを確認すると、2017年中に「携帯電話の操作」を主因とする自転車による死亡事故は1当・2当合わせても1件しか発生していない*6。いじめによる自殺が子供の自殺の大部分(或いは増分)を説明するという主張に積極的な証拠は無い。むしろ報道の熱意を考えれば、実態に反したイメージが形成されていたとしても全く不思議は無い。

 

何故子供の自殺が増えたのか

上述の通り、子供の自殺の二大要因*7は「家庭環境」と「学業」である。したがって、自殺増加の原因を考えるならば、愚にもつかない思い付きを並べ立てる前にまずこの二つの要因の変化を調べるべきだ。前者については、休校によって家庭に居る時間が増えたことは容易に想像がつく。必然家庭環境の悩みも増えるだろう。後者については、以下に示すように2000年代半ば以降、児童・生徒の学業時間は増加傾向にあり、この15年程の自殺率の上昇と一致している。加えて、休校による学業時間の減少はむしろ学業上の悩み(学業不振・進路不安)を増大させるものであり、これも自殺率の上昇を説明する。

 

 

結語

以上の説明は極めて大雑把なものですが、思い付きで垂れ流される感想文よりは遥かにマシだと思います。

 

引用・参考文献

厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課(2020)令和元年中における自殺の状況, 8.

森山 花鈴(2019) 日本における自殺統計の基礎知識 南山大学紀要 『アカデミア』 社会科学編, 17, 223-230.

文部科学省(2020) 令和元年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果, https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf

Mueller, A. S., & Abrutyn, S. (2015). Suicidal Disclosures among Friends: Using Social Network Data to Understand Suicide Contagion. Journal of Health and Social Behavior56(1), 131–148.

O'Carroll, P. W., & Potter, L. B. (1994). Suicide Contagion and the Reporting of Suicide: Recommendations from a National Workshop. Morbidity and Mortality Weekly Report: Recommendations and Reports, 43, pp.9, 11-18

Zimmerman, G. M., Rees, C., Posick, C., & Zimmerman, L. A. (2016). The power of (Mis)perception: Rethinking suicide contagion in youth friendship networks. Social Science & Medicine, 158, 31-38.

*1:https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html

*2:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsutoukei-jisatsusyasu.html

*3:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm

*4:https://hajk334.hatenablog.jp/entry/2020/04/10/010823

*5:https://www.mhlw.go.jp/content/12201000/000707296.pdf こちらの資料でも令和元年の自殺者数は339人となっており、出典は「『地域における自殺の基礎資料』(暫定値)を基に文部科学省において作成」としている。

*6:最新年である令和元年は0件。交通事故全体で見ても携帯電話やスマホを要因とする事故件数は全体の1%にも満たない。かつ、警察が「携帯電話使用等に係る交通事故」として発表している件数は少なくとも半数程度がカーナビによるものであるため、さらに割合は下がる。「ながら運転」の統計については稿を改めて詳述する。

*7:自殺の多くは多様かつ複合的な原因及び背景を有しており、様々な要因が連鎖する中で起きている(厚生労働省 2020)ため、便宜的な表現である。