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ゆとり教育とは何だったのか―俗説に対する批判的検討 1. ゆとり教育で学習時間は減少したのか

5年ほど前に書いた私的な論文を大幅に削除・修正したものです。供養としてここに置いておきます。あと4章分残ってます。

1.1 「土曜日の授業」とは何を意味しているのか

ゆとり教育*1に対する第一の誤解は「学習時間の大幅な減少」だろう。98年に改訂され,2002年から実施に移されたゆとり教育は,その目玉の一つとして「完全週五日制の導入による『ゆとり』の創出」を掲げていた。学校で行う学習を削減する代わりに,子供自身が自ら学ぶための時間を確保しようというのがその目的である。こうして土曜日の授業が削減される形で,ゆとり教育の授業時間は大幅に削減されたと考えられている。しかし,ここでいう「土曜日の授業」とは一般に思われているような3ないし4時間*2の授業ではない。

週五日制ゆとり教育が始まる前から議論され,段階的に実施されてきた。平成4年9月から第二土曜日が休校日となり,平成7年4月からは第二土曜日に加えて,第四土曜日が休校日となる隔週五日制が実施されている。ゆとり教育で削減された「土曜授業」というのは,この隔週五日制における土曜授業のことを指している。たとえば,平成9年に出された教育課程審議会の中間まとめでは,週五日制に伴う授業時数の削減について「年間授業時数は完全学校週五日制が実施されることに伴う土曜日分を縮減した時数とし,現行より週当たり2単位時間削減とする」(初等中等教育局 1997)としている。

学習指導要領に定められている年間の標準授業週数は35週であるため,週当たり2時間の削減は年間で70時間の削減となる。たとえば,89年改訂と98年改訂の小学5年生の授業時数を比較すると表1.1のようになる。ここでは以降の説明のため小学5年生の例を挙げているが,年間70時間が削減されているのは小学校・中学校の各学年で同じである。ただし,各教科時数の内訳は同じではない。

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1.2 クラブ活動の削減

したがって,年間70時間がゆとり教育で削減された授業時数ということになる。この内35時間が通常の教科学習*3の削減であり、35時間がクラブ活動の削減である。小学校の学習指導要領では引き続きクラブ活動を実施することが求められているが、これは35週で計算される教育課程編成計画と、実際の授業週数である40週の差分の時間において実施されている。ただし,宮川(2003)によれば,クラブ活動の時間が教科学習の補填に使われた事例もあったという。

 平成十年版(筆者注:ゆとり教育)では学級活動の授業時数のみの示し方になっているので,クラブ活動は特に,これまでのような時数を確保する必要はなくなったという理解の学校がある。(中略)さらにこのところ,驚くような事例が出現している。学力向上への積極的な取り組みの工夫として,いわゆる「補習」の時間を設定するため,クラブ活動の授業時数を半減させているというのである。これは本末転倒現象である(宮川 2003 p.105)

文科省(旧文部省)の『公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査の結果について』ではクラブ活動の実施率が示されているが,平成6年度は25時間以下の学校が1割を切っているのに対し,平成15年度では20時間以下の学校が8割を超えているため,宮川の指摘する状況は一般的なものであったと思われる。付言すると,その他学習指導要領に時数の規定の無い特別活動(児童会・生徒会活動・学校行事等)の授業実績も大幅に減少しており,教科学習の時数を確保するために特別活動の時間が削られていた実態が窺える。

1.3 主要教科は「二重に」削減されたのか

1.3.1 授業時数の変遷

前節までは,ゆとり教育における授業時数の削減が週当たり2時間であったこと,及び教科学習という枠の中では週1時間程度の削減であることを説明した。それでは,その枠の中身はどうなっているのか。「完全週五日制」に並ぶ,ゆとり教育のもう一つの目玉は「総合的な学習の時間(以下,単に「総合」と呼ぶ)」の新設である。小学校では第3学年から週当たり3時間,中学校では各学年で週当たり2時間を最低限の時数としている。この総合の新設により,主要教科の時数は二重に削減されているのではないか,という主張がある。本節では,この「二重削減説」を検討する*4

まずは,各教科の授業時数の変遷を確認しておこう。表1.2, 1.3には68・69 年改訂から98年改訂までの各教科の授業時数をのせてある(表1.2の社会は生活科の時間を含める)。小学校では,総授業時数が5785 時間から5367 時間へ418 時間削減されている。各学年約70 時間の削減である。削減率は7.2% となる。中学校では,総授業時数が3150 時間から2940 時間へ210 時間削減されている。こちらも各学年70 時間の削減である。削減率は6.7% となる。

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それでは主要教科の時数はどうなっているだろうか。小学校では,国語・社会・算数・理科の主要4教科は3659時間から3148時間へ511時間削減されている。削減率は14.0% である。中学校では,国語・社会・数学・理科・外国語の主要5 教科は1890時間から1565時間へ225時間削減されている。削減率は17.2% である。ここで,中学校の授業時数について補足しておこう。89年改訂で一部の教科に幅があるのは,この改訂で教科時数の弾力的な運用が可能になったためだ。そのため,削減率の計算には98年改訂と77年改訂の数字を用いた。また,「外国語」の授業時数が98年改訂しか示されていないのは,89改訂以前の外国語は必修教科ではなく選択教科の枠の中で運用されていたためである。

小学校・中学校ともに総授業時数が削減される割合以上に主要教科の時数が削減されている。その理由は,小学校では「総合的な学習の時間」,中学校ではそれに加えて「選択教科」という教科が存在していることによる。小学校で「総合」に配当されている時間は,第3学年・第4学年で105時間,第5・第6学年で110時間,計430時間である。中学校では,各学年70時間を最低時数として,第1学年で100時間,第2学年で105時間,第3学年で130時間の「総合」が実施可能となっている。総合の時数は3学年合計で210~335時間になる。加えて,中学校では「選択教科」に155~280時間の時数が配当されている。これらの時数が主要教科の時数を圧迫しているのである。

1.3.2 総合的な学習の時間とはなにか

まずは,総合がどのような教科であるのかを簡単に確認しておこう。98 年改訂の小学校学習指導要領総則では総合の取扱いについて,次のように説明している。見てわかるように,総合は,教科の趣旨,ねらい,学習活動および実施に当たっての配慮事項しか定めておらず,他の教科のように指導の目標,内容が具体的に明示されていない。

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総合のねらいは「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」「学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにすること」とされており,これはほとんど「ゆとり教育」の目的そのものである。

しかし,そのねらいを達成するための実践は,地域や学校,児童の実態を踏まえて各学校が創意工夫するものとされており,具体的な学習内容は示されていない。これは「総合」の目的が子どもの「生きる力」を育むことにあり,したがってその学習活動は必然的に子どもの生活の場,地域と密接に関連するため,全国一律の学習活動を提示することは望ましくなく,かつ困難なものであるという理由による(児島 1999)

伝統的な教科学習が系統的にその学習内容を明示していたのに対し,総合は上記のように抽象的・あいまいな学習活動となっている。そのため,総合は「ゆとり教育の象徴」「学力低下の原因」と見なされることも多い(岡本・佐藤 2014)。何をやっているのかわからないものは時として何もやっていないものと見なされる。しかし,当然のことながら何もやっていないということは有りえない。総合は教科学習と全く無関係な時間でもないし,また無駄な時間でもない。

1.3.3 英語活動の例

たとえば,総合によって小学校で英語活動が導入されたのはわかりやすい例だろう。英語が小学校で必修教科となったのは,平成20年改訂(平成23年から実施)であるが,実際には平成10年改訂の時点で既に導入されている。上に示した総合の取り扱いは,指導の内容を具体的に示しているわけではないが,3においていくつかのテーマは提示している。その中の一つに「国際理解」がある。また,学習活動の配慮事項(3)では国際理解に関する学習の一環として,「外国語会話等」とある程度具体的な学習内容が提示されている。来たる必修化のための小学校英語の段階的導入という側面も総合は持っていたのである。

そのため,文科省は平成14年度から,小学校における英語活動の実態を調査するために『小学校英語活動実施状況調査』を実施している。表1.4は平成15年度に行われた英語活動の,教科ごとの年間平均実施時数である。参考として平成14年度の数値も載せてある。ただし,こちらは総合のみの時数である。表1.4のとおり,総合による英語活動はゆとり教育の当初から高い実施率で年間10時間ほどが実施されている。総合だけで計算すると小学校で40時間ほどの英語活動を行っていたことになる。総合による英語活動は平成15年度以降も微増を続け,平成19年度の時点では各学年9割以上,年間50時間近い英語学習が実施されている(文部科学省 2008a)。

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もちろん,総合との関連が図られている教科は英語だけではない。そもそも,総合は「クロスカリキュラム」とも呼ばれるように,もとより教科横断的な学習を志向している。「総合」という言葉には「各教科等それぞれで身に付けられた知識や技能などが相互に関連付けられ,深められ児童生徒の中で総合的に働くようになる」(教育課程審議会 1998)という意味がある。総合は教科学習から遊離した学習活動なのではなく,かえって教科学習の中核を占めているのである(少なくとも理念上は)。

たとえば,「国際理解」というテーマならば英語,国語,社会といった教科学習と結びつけられることが多く,「環境」というテーマならば理科や算数と結びつけられることが多い。「健康」や「福祉」といったテーマであれば家庭科や道徳と結びつけられる,といった具合である。もちろん,総合の指導内容や指導方法は各学校の創意工夫にゆだねられているため,一律にその内容を説明することはできない。総合の実践例を知りたい場合は,各社が発行している指導計画例や文科省が公開している指導資料などを見ることができる。

ところで,総合に対する批判は集約すれば次の2点であろうと思われる。第一に,各教科を総合的・横断的に学習すると言っても,そのためにはまずもって各教科についての基礎・基本的な学習が必要不可欠である。基礎を疎かにしたまま応用的な学習をしても上滑りに終わるだけである。第二に,総合はその教科としての曖昧さゆえに必然教師側の負担が増えるため,その運用が困難なものとなってしまう。負担をものともせず総合の趣旨に則った授業計画・指導実践を行えた教師がどれほどいたのだろうか。

1.3.4 PISAから見る日本の学力

第一の点について,本来は具体的な授業実践との関連における個別的な検討が必要となるが,上述したように全国一律の学習内容が提示されていない総合の性質上それは難しい。代わって,PISA・TIMSSなどの大規模国際学力調査では,日本の児童・生徒の学力は常にトップレベルであることが示されている(PISAの結果まとめTIMSSの結果まとめ)。特に,PISAの報告書では,日本の平均学力の高さと集団内格差の小ささから,その原因を学校教育の変革に求めている。

日本はPISA2012において,全ての領域(数学的リテラシー,読解力,科学的リテラシー)で,トップないしはそれに近い成績を収めた。問題解決能力においても例外ではない。しかし,より重要なのは,問題解決能力の領域で平均552点の結果を残した日本の生徒は,数学的リテラシー・読解力・科学的リテラシーという他の主要領域で日本と同程度の成績を収めた他の国々の生徒よりも高い成績を収めていたことだ。特に,下位・中位の生徒においてその傾向が顕著であった。(中略)

この日本の好成績については一つの説明が考えられる。日本はこの時期に教科学習,或いは総合的な学習の中で,生徒主体のクロスカリキュラムを実践することを進めており,それによって全ての生徒の問題解決能力を開発することに注力していたのである。

1990年代の後半,日本政府は学習指導要領の変更を通じて,「生きる力」という学習アプローチを導入した。このアプローチの目的は,生徒の批判的・創造的思考を強化すること,また,生徒自らが問題を発見し解決する能力を涵養することにあった。こうした教育改革は,従来の教育を,探求型・児童(生徒)中心型の学習へと大きく変更させることになった。児童(生徒)が意欲的に学習に関与することの必要性が,その核心だったのである。(中略)

こうした教育改革は,いくつかの論争を巻き起こした。「総合的な学習の時間」はそれを実施するための大きな裁量が教師・学校に与えられたものの,全ての教師―特に中学校において―が,「総合的な学習の時間」の準備ついて,十分な手応えを持っていたわけではなかったのである。結果的に,総合の是非を巡る議論は,2011年・2012年に実施された学習指導要領の変更につながることになる。新しい学習指導要領において「総合的な学習の時間」は削減され,代わりに従来の教科学習を教えることが歓迎されたのである。

それでもなお,「生きる力」という学習理念は新しい学習指導要領にも引き継がれている。新しい学習指導要領でも,全ての教科において,観察や実験を通して既得の知識を応用する学習活動を増やしていくことが,学校側に求められている。学習の関連性を高めていくために,カリキュラムや指導法の改善を図っていく日本の不断の努力は,単にPISA における高得点をもたらしただけではない。それだけではなく,日本の生徒の学校に対する帰属意識や学習に対する態度についても,PISA2003とPISA2012の間で目立った改善を見せている(PISA 2012 Results Volume V pp.124-125 引用者訳括弧内は引用者注)。

PISAの報告書でも指摘されているように,ゆとり教育の提唱する学力観と,PISAで測定される学力には重なる部分が多い。たとえば,OECDが2003年に発表し,PISA調査の基本的枠組みにもなった「キー・コンピテンシー」という能力は,90年代の日本において「新しい学力観」の名で先取りされている。この新学力観はその後のゆとり教育(98年改訂)においてはより強調された形で引き継がれており,その後一般に「脱ゆとり」と認識される2008年改訂においても通底する方針となっている。つまり,ゆとり教育は当初から「PISA型学力」を目指していたのであり,その意味で報告書の指摘は無難なものである。

1.3.5 現場にはどう受容されたのか

第二の点について,川村光(2011)は,2県の全公立小・中学校と,そこに勤務している教師を対象とした二度にわたる「総合的な学習の時間」に関する質問紙調査を実施し,その結果を比較することで「総合的な学習の時間」の実施状況とそのインパクトを検討している。川村は2004年に第1回の学校調査を,2005年に第1回の教員調査を行っている。これらの質問紙調査の結果を,2009年に行った第2回学校・教員調査の結果と比較することで,総合が学校組織の中でどのような体制で行われていたのか,また,個々の教師が総合に対してどのような意識を持っていたのかを明らかにしているのである。

PISAの報告書でも指摘されていたとおり,当初,総合の実施に難色を示していたのは主に中学校の教員であった。川村の調査でもそのことが裏付けられている。表1.5は,2004年に実施した学校調査と,2009年に実施した学校調査の結果から小学校・中学校の教員集団の総合に対する意識の変化をまとめたものである。

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小学校では,当初から総合をおおむね好意的に捉えている。一方,中学校教員の総合に対する期待は芳しいものではない。たとえば,その学習効果の不安については,小学校で3割程度にとどまる一方,中学校の教員では約5割に上っている。また,小学校では約3分の2の教員が「喜々として取り組んでいる」一方,中学校では半数にも達していない。中学校では学習内容が高度化することもあり,総合の「教科クロス学習」という性質上,その指導計画を作成することが困難だったのかもしれない。

しかし,5年後の2009年調査では中学校教員集団の総合に対する意識は大幅に改善し,学習効果に対する不安は23.8%にまで半減している。総合に対する理解と熱意も向上しており,総合の趣旨を理解しているかを問う設問では,小学校教員を上回る90.0%,「喜々として取り組んでいる」教員も15ポイント以上増加している。また,2005年に行われた教員調査と2009年の教員調査の結果の間にも同様の傾向が見られる(表1.6)。

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総合に対する中学校教員の認識がポジティブなものへと変化していった原因は,川村の指摘するとおり,中学校における総合の授業がパターン化された授業実践として定着したことが大きいのだろう。当初は総合の実践に戸惑っていた中学校教員も,授業実践が蓄積するにつれ,その学習効果を実感するようになっており,総合に対して前向きな姿勢を見せるようになっている。これは当初より予想されていたことでもある。たとえば,児島邦宏は『小学校「総合的な学習の時間」の年間指導計画』の中で,次のように述べている。

無からの出発であるだけに,まず,一つ一つの単元づくりから出発し,その先に計画表が次第に埋められ,全体の年間指導計画の作成へとたどりつくこととなる。おそらく数年,もしかしたら,10 年ぐらいかかるかもしれない。子どもからの,子どものための総合的学習であるだけに,着実な,価値のある活動を,息長く積み上げていくことこそ重要であろう(児島編1999 p.1)。

この言葉のとおり,総合は数年をかけて学校組織内に定着し,一つの学習活動としての地位を獲得したのである。それでは,総合は実験的教育だったのかという人もいるかもしれないが,そもそも「教育の万能通貨」なるものは存在しない。3章で詳述するように,70年代の「詰込み教育」もゆとり教育と同様にその実施直後から失敗の烙印を押され,その後「詰込み教育の反省」として,教科学習の大幅な削減と引き換えに導入された80年代の「ゆとりの時間」は碌な実践報告も無いまま98年改訂の際に消滅した。

どこかに「普通の教育」というものがあり,自分こそはその普通の教育を受けたと考えている人もいるかもしれないが,その人が受けた教育も結局は過渡的なものである。新しい実践が,最初から何の問題もなく遂行されるはずもない。また,総合がより効果的な学習活動へ変化していることと,実践当初の総合が有用な学習活動であったことは矛盾するわけではない。

1.3.2 選択教科とはなにか

主要教科の時数が圧迫されていた原因は二つあった。一つが「総合的な学習の時間」であり,もう一つが「選択教科」である。そこで,次は選択教科について説明しよう。選択教科と聞くと音楽や美術,或いは習字といった活動を思い浮かべるかもしれないが,ゆとり教育における選択教科はそれまでのものとは大きく異なっている。ゆとり教育における選択教科とは,週五日制や総合的な学習の時間と並んで,ゆとり教育を代表する制度なのである。

初めて学習指導要領が公布されたのは1947年のことであるが,選択教科は「選択科目」という名前でこの指導要領に登場している。その内容は「習字,外国語,職業および自由研究」である。選択教科は何度かその内容に追加・削除があったものの,外国語と職業教育が選択教科の柱になっているのは51年改訂,58年改訂,69年改訂においても同様である。すなわち「全ての生徒に必要だとは思われないが,特定の生徒に必要とされる教科」というのがいわば"伝統的"な選択教科である。

しかし,「ゆとりと充実」の学校教育を目指した77年改訂以降,選択教科の性格も変化していく。77年改訂では生徒の特性や興味・関心に応じた教育を実現するため「音楽」「美術」「保健体育」「技術・家庭」が選択教科に追加され,つづく89年改訂でも臨時教育審議会(臨教審)で示された「個性重視の原則」を実現するために,選択教科の弾力化と時数の増加が図られている。

ただし,89年改訂までの選択教科は,その拡大と弾力化が目指されながら,運用実態はそれ以前と比較してそれほど変わってはいない。77年改訂では「ゆとりと充実」を実現するために,第3学年で音楽や美術の教科が選択することが可能になったものの,選択教科の時数はほとんど変化しなかった。また,89年改訂では選択教科の枠が大幅に拡大されたものの,選択教科を従来以上に実施するためには他の教科や特別活動の時数を削る必要があったため、ほとんど実施されなかったのである。

1.3.3 ゆとり教育における選択教科

その状況が大きく変化したのがゆとり教育以降である。98年改訂学習指導要領では,選択教科について三つの大きな変化があった。一つ目は,それまで選択教科であった「外国語」が必修教科になったことだ。それまでの選択教科は週3ないし4時間,年間で105~140時間が外国語の時数に使われていた。つまりゆとり教育以後の選択教科は,すべての時数を外国語以外の選択教科に使うことができる。実際にゆとり教育における選択教科の時数を確認しよう。第1学年では0~30時間,第2学年では50~85時間,第3学年では105~165時間である。合計すると155~280時間になる。このすべての時数が外国語を除いた選択教科として使われるのである。

二つ目の変化は選択教科が実効的な教科になったことだ。89年改訂では選択教科の枠が拡大しても,他教科と競合するため実際に使われることはなかった。しかしゆとり教育では,選択教科と競合するのは総合的な学習の時間である。表1.3を見てわかる通り,波線がある教科は選択教科と総合の二つだけである。仮に,総合の時間を上限一杯に設定したとしても,選択教科の時数として155時間残されているのである。逆に,総合の時数を下限に設定した場合には,選択教科の時数として280時間を使うことができる。

三つめの変化は,選択教科が,必修教科の弾力化のための教科という性格をもったことだ。89年改訂では,各学年における選択教科はその内容が限定されていた。第1学年では外国語のみが選択教科として設置可能であり,第2 学年は音楽・美術・保健体育・技術家庭・外国語が設置可能となる。全教科の選択教科を履修することが可能となるのは第3学年のみである。それが98年改訂では,全学年において,全ての教科を選択教科として設置することが可能となった。

また,選択教科の内容にも変更が加えられている。89 年改訂では,選択教科の内容として,「課題学習,作業,実験,調査などの学習活動を学校において適切に工夫」するものとされていたのが,98 年改訂では,「課題学習,作業,実験,調査,補充的な学習,発展的な学習などの学習活動を学校において適切に工夫」するものとされている。「補充的な学習」と「発展的な学習」という内容がここで追加されている。つまり,ゆとり教育における選択教科は,いわゆる「個に応じた指導」を実現するものとして導入されたものであり,したがって,ゆとり教育における教科学習は必修教科単体で完結するようには設計されていないのである。

それでは,実際に選択教科の時間は,どれだけ主要教科の時間として使われたのだろうか。中教審が平成19年に出した指導要領改訂の「審議のまとめ(中間報告)」(文科省2007)では,平成18年度時点の選択教科は3 学年平均で225時間が実施されており,そのうち,国語・英語・社会・数学・理科の主要教科に充てられた時間は144時間となっている。中でも「補充的な学習」の割合が高かったとされている。つまり,各教科あたり30時間程度は,選択教科として主要教科の授業が行われていたのである。

そこでもう一度主要教科の時数を比較してみよう。中学校では総授業時数が6.7%の削減であるのに対し,主要5教科は1890時間から1565時間へと17.2%も減少していた。指導要領の時数表を見ただけではこの原因はわからない。多くの人は総合の時間が主要教科を圧迫していると思うかもしれない。確かに,総合的の時間を上限一杯に実施すると3 学年合計で335時間となり,主要教科の325時間の減少を説明できるように思える。

しかし,これは単なる錯覚である。仮に総合が上限一杯に実施されたとしても,選択教科の時数として155時間が残されているし,そもそも総合は上限一杯に実施されるわけではない。選択教科は3学年合計で225時間,主要5教科だけで144時間実施されているのである。つまり,実際の主要5教科の時数は1565+144=1709時間である。したがって主要5教科の削減率は9.5 %となる。選択教科を考慮しなければ主要教科が2割弱も削減されているように見えるが,実際には1割程度しか削減されていなかったのである。

平成20 年改訂の際には,多くのメディアで授業時数の増加が強調されていた。しかし,それらの報道の中で選択教科について言及したものは,筆者の知る限りほとんど存在しない。ささいなことであると思われるかもしれないが,平成20年改訂で選択教科は「廃止」されているのである。つまり,平成20年改訂で増加した授業時数は,単純に授業時数が増やされただけでなく,選択教科を廃止したことによる指導要領上の授業時数増加も含まれている。総合を「まともな学習」と認めるかどうかは判断の問題だが,選択教科の時間を無視しているのは単なる勉強不足だろう。

1.4 教育課程外の活動―朝の読書

ここまでは,あくまで教育課程の枠組みの中で,ゆとり教育における授業時数を検討してきた。しかし,本章で検討しているのはゆとり世代の学習時間であって,ゆとり教育の授業時数ではない。学校や教員が生徒に課す学習活動は授業以外にも様々な形態がある。本節はその一つである「朝読書」を取り上げよう。ここで朝読書を取り上げるのは二つの理由がある。一つは,朝読書はその実施形態が明確であり,いくつかの調査によりその実施率が計算されているため,実態を把握しやすい。もう一つの理由は朝読書が全国に普及していった時期と「ゆとり教育」の時期が重なっているためである。朝の読書活動の概要は次のとおりである。

朝の読書とは,小・中・高等学校で,朝の授業開始前に10分間程度,教師と生徒全員が自分の読みたい本を読む読書活動で,本を読むことによって,児童・生徒に読む力と生きる力を与えることをめざしている。10分間行う学校が多いことから,朝の10分間読書とも呼ばれる(薬袋 2014 p.61)。

朝の読書は船橋学園女子高校教員であった林公・大塚笑子によって1988年から開始されたが(同上),全国的な広がりを見せ始めたのは90 年代後半のことである。1996年には実践校が100校であったのが1997年には200校に,その後1998年に300校,1999年には900校と増加を続け,2002年の時点では1000 校を超えている*5(白根 2011)。

2000年代に朝読書実践校が急激に増えたことと,ゆとり教育は無関係ではないだろう。ゆとり教育はその実施前から,学力低下不安による批判に晒されていた。そのため,文科省ゆとり教育の実施に先立つ2002年1 月に『確かな学力向上の2002アピール 「学びのすすめ」』という文書を公表している。同文書では,ゆとり教育の趣旨をいっそう明確にするとともに,その実施にあたっての具体的な方策がいくつか提示されている。その中には,「学びの機会を充実し,学ぶ習慣を身に付ける」ための取り組みとして教育課程外の学習が重視されており,その一つとして「朝の読書」が推奨されている。

ベネッセが行っている「学習指導基本調査」でも,この時期に教育課程外の学習が増加していることが確認できる。学習指導基本調査は,小学校・中学校における学習指導についての意識と実態をとらえるために1997年から行われており,第3回調査となる2002年調査では,特にゆとり教育の影響をたずねる質問が多くなっている。その中に,「朝読書など教育課程外の学習活動」を行っているかどうかを尋ねた設問があり,小学校で83.3%,中学校で70.1% が「やっている」と回答している。実施時期についての内訳は,小学校で「以前からやっている」が62.1%,「今年度からやっている」が21.2%,中学校では「以前からやっている」が50.4%,「今年度からやっている」が19.7% である。

朝の読書運動はその後も普及を続け,2011年の時点で,小・中学校ともに実施率は75% を超える(白根2011)。このことは,小・中学生の読書活動にも直接的な影響を与えていると考えられる。以下の図は,全国学図書館協議会毎日新聞が共同で行っている「学校読書調査」の結果である。

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図1.1,図1.2はそれぞれ,1 か月間の平均読書冊数,不読者率の推移である。どちらも,2000 年代前半を境に小中学生が読書活動に向かう傾向が鮮明になっている。特に,小学生の平均読書冊数の増加,中学生の不読率の減少が顕著である。

それでは,朝の読書の学習効果はどれほどあるのだろうか。読書活動は教育課程外の学習活動といっても,「国語」と密接に結び付いた活動であることは予想できる。山崎博敏(2008)は独自に作成した国語・算数(数学)の問題を用いて,小・中学校における学力と朝読書の関係を調査している。それによれば朝読書は,小学校において国語・算数に有意な正の影響(p<.001),中学校においては国語に有意な正の影響(p<.01)を与えるという。ただし,この調査で使われた問題は,小学校で国語3問・算数2問,中学校では国語2問・数学2問となっており(各教科とも制限時間は10分),問題数が極めて限定されているのに加えて,問題内容も公開されていない。結果の妥当性には留保をつけておくべきだろう。

1.5 教育課程外の活動―宿題・家庭学習の増加

1.5.1 宿題の増加

朝の読書運動は,確かに2000年代に入り急速に普及した様子がうかがえる。また,学力にポジティブな影響を与えることも示唆されている。しかし,朝の読書は直接的に教科的学力を向上させるわけではない。読書することによって一般的な読解力が向上し,学力に正の効果を与えることは有り得るが,数学や理科などの教科的知識を自由な読書活動から得ることは難しいだろう。或いは,児童・生徒が選択する本によって,そこから得られる知識にはバラつきがあるはずだ。そこで,本節では朝の読書よりも密接に教科学習に結びついていると思われる「宿題」という学習活動から,ゆとり世代の学習時間を検討してみよう。

「学校の勉強」は授業だけで成り立っているわけではない。授業を受けているだけで一流大学へ入ってしまうような人間もいないわけではないが,大抵の人は,授業の中身を全て理解しているわけでもなければ,全て覚えているわけでもない。授業を受けるだけならチンパンジーでもできる。そのため,授業の内容を理解する,或いは覚えておくために,授業とは別の学習活動として予習・復習が課されることが一般的である。それが宿題だ。

「学びのすすめ」にも,朝読書などと並んで「適切な宿題や課題など家庭における学習の充実を図ることにより,子どもたちが学ぶ習慣を身に付ける」ことが推奨されている。この「学ぶ習慣」というのはゆとり教育の大目的の一つでもあり,また実際にその目的は達成されていた。つまり,ゆとり教育では授業時数の減少を補うかのように宿題の量・頻度が増加し,それに伴い,家庭での学習時間も大幅に伸びているのである。まずは,ゆとり教育において教師がどれほどの宿題を課していたのかを確認しよう。

1.5.2 宿題の頻度

まずは宿題の頻度からだ。利用するのはベネッセ教育研究所が1997年から実施している『学習指導基本調査』のデータである。この調査は小学校,中学校,高校における学習指導の実態,教員の意識を調査することを目的として,全国の教員を対象に実施されている。また,経年比較を可能にするために,質問紙の内容には同一のものが使われている*6

学習指導基本調査では,第1 回調査となる97・98年調査から,宿題を出す頻度を小・中学校の教員に尋ねている。その結果を図1.3,図1.4に示した。ただし,小学校と違い中学校では教科担任制となるため,課業回数は授業の回数ごとになっている。

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小学校では「毎日出す」と答えた教師は98年調査では84.8%,逆に「ほとんど出さない」は3.1%となっている。02年調査ではそれぞれ,85.8%,2.7%である。98年調査から02年調査ではあまり変化がないが,07年調査ではそれぞれ94.0%,1.0%となり98年調査と比較して「毎日出す」が10ポイントほど増加している。

しかし,02年調査以後は授業日数が減少しているため,それに伴い宿題の量も減少しているはずである。そこで,週当たりの授業日数を考慮した宿題の回数も計算しておこう。98 年調査では月二回の週五日制のため一週5.5日,02・07年調査では一週5日である。ただし,週五日制では金曜日に休日二日分の宿題が出されると考えられるため,「毎日出す」と答えた教師の課業回数は一週間で7回とした。

98年調査では7×0.848+5.5÷2.5×0.099+1×0.017+0.25×0.001≒6.2回
02年調査では7×0.858+5÷2.5×0.081+1×0.026+0.25×0.004≒6.2回
07年調査では7×0.940+5÷2.5×0.022+1×0.006≒6.6回

次に中学校を見てみよう。中学校では宿題を出すのは各教科の担当教師である。そのため日数ごとの課業回数ではなく授業時数ごとの課業回数となっている。したがって平均課業回数を計算するには一週当たりの授業時数を考慮する必要がある。97年時点では隔週五日制のため週当たり28.5時間程度の授業,02・07年時点では週当たり28時間の授業が行われていると考えられるが,ここでは,ゆとり教育の前後で宿題の頻度が大きく変化したことを確認するため,97年の週当たり授業時数は30時間,02・07年時点の週当たり授業時数は1.4節の結果*7に従い27時間とした。

97年調査では30×(0.155+0.251÷2.5+0.220÷4.5+0.106÷16)≒9.3回
02年調査では27×(0.184+0.350÷2.5+0.197÷4.5+0.121÷12)≒10.2回
07年調査では27×(0.256+0.289÷2.5+0.178÷4.5+0.100÷12)≒11.3回

授業時数が1割減少していると仮定しても,中学校での宿題の頻度は増加している。もちろん実際には週27ないし30時間のすべてで宿題が出されるというわけではない。体育や道徳の時間で宿題が課されることはほとんどないだろう。そのため上記の計算は正確な宿題の回数ではない。それでも,ゆとり教育の実施にともない宿題の回数が増加している傾向は確認できる。また,宿題の増加傾向は中学校で顕著になっているが,97年調査と07年調査では,「授業のたびに出す」と「全く出さない」がそれぞれ10ポイントほど増減しており一部の学校・教師が平均を引き上げているわけではないことも確認できる。

1.5.3 宿題の量

宿題の頻度が増加していることはわかった。それでは宿題の1回当たりの量はどうだろうか。学習指導基本調査では一回の宿題にかかる時間も集計されている。大まかな傾向は宿題の頻度と同じである。小学校では,98年調査の宿題一回あたりの平均時間は27.2分となっている。02年調査ではほとんど変わらずに27.5分である。しかし,07年調査では30分を超え34.2分となっている(前掲p.93)。宿題の回数をかけると,98年では一週間で169分,02年では171分,07年では226分となる。つまり,98年と07年を比較すると,57分,週1時間(コマ)以上の差が存在することになる。

また,中学校では97年調査の宿題1回当たりの平均時間が29.0分,02年調査,07年調査ではほとんど変わらず,それぞれ30.3分,31.3分となっている(前掲p.95)。宿題の回数をかけると,97年調査では270分,02年調査では309分,07年調査では354分となる。97年調査と07年調査の数値を比較すると,84分,週1.7時間(コマ)に相当する差が存在することになる。ただし,先ほど述べたように,全ての教科で宿題が出されるわけではないので,この差は過大に評価されている。また,宿題にかかる時間は実際の時間ではなく,あくまで教師の推量であることには注意されたい。表1.7には小学校と中学校の宿題の頻度と量,その合計を示した。

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1.5.4 ベネッセ調査の問題点

以上の結果から,ゆとり教育では宿題の増加,或いは家庭学習の指導*8により児童・生徒の学習時間をコントロールしていたことがわかる。一部の論者が主張しているような,通塾率の増加による学習時間の格差拡大という現象はここでは見られない。むしろ,学校や教師の関与によって宿題や家庭学習の時間が伸びることで,削減された授業時数が補填されている。「学びのすすめ」でも見たように,ゆとり教育では学校外の学習を充実させることで,学ぶ習慣を身につけさせることを目指していたが,その目的はまさに果たされていたということになる。

しかし,ベネッセの調査には信頼性の点で問題がある。ベネッセの調査は教師・生徒の自己申告に基づいている。そのため,教師・生徒が果たして宿題の回数や学習時間を正確に把握できていたのかには疑問が残る。たとえば,家庭での学習時間を尋ねる設問では児童・生徒に対して「ふだん」の学習時間を聞いている。しかし全ての児童・生徒が毎日,計画的に勉強しているとは限らない。学習基本調査では,「家での学習の様子」も調査されており,06 年調査では小・中学校ともに「計画を立てて勉強している」と答えた割合は過去のいずれの調査よりも高くなっているが,それでも小学校で62.5%,中学校で50.9% に留まっている。計画的に勉強していない児童・生徒が「ふだん」の勉強時間を正確に答えるのは難しいだろう。

1.6 学習時間の総計―社会生活基本調査

それでは,ベネッセの調査よりも信頼性の高い,学習時間の経年比較調査は存在するのだろうか。実は存在する。総務省統計局が昭和51年から5年ごとに行っている「社会生活基本調査」(以下,社基調と略記)である。社基調は,生活時間の配分や余暇時間における活動の状況など,国民の社会生活の実態を明らかにするための基礎資料を得ることを目的に実施されている(総務省統計局 2011)。この生活時間には学校の授業やそれに関連した学習として「学業」が含まれている。調査の対象は平成18年調査で,約8万世帯の10歳以上の世帯員約20万人,抽出方法は層化二段確率比例系統抽出法である(補遺参照)。

社基調では,ある週の土日から次の一週間を調査対象日としている。つまり,ある週の土日2日間及び次の週の7日間の合計9日間が調査の時期となるのである。調査対象者はこの9日間のうち,いずれかの連続する2日間について調査されることになる。土日の生活時間を2週にわたって記録するため,隔週五日制の影響を考慮した平均学習時間が手に入る。これはゆとり教育の学習時間を経年比較するうえでは好都合である。また,社基調では自分の生活時間を,あらかじめ配布された調査票に15分刻みで記録していくという方式をとっている。記憶にたよった回答ではない分,他の調査よりも信頼性は高い。

それでは,社基調では,児童・生徒の学習時間はどのように推移しているのだろうか。社基調では「学業」は次のように定義されている。「学校の授業や予習・復習・宿題,行内清掃,ホームルーム。また学習塾での勉強はここに含める」。要するに,学校での勉強とそれに類する学習活動が「学業」に含まれているのである。そのため,英会話クラブやそろばん塾などは「学業」には含まれていない。なお,社基調は昭和51年以来,5年ごとに実施されているが,小学生・中学生の学習時間が調査対象となったのは平成8 年調査からである。また,昭和61年,平成3年の高校生には15歳以上の中学生を含んでいる。図1.13は在学者の学習時間を,昭和61年調査から時系列に並べたものである。

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社基調の結果でもベネッセの学習基本調査と同じ傾向がみてとれる。小・中学生の学習時間は昭和61年から一貫して低下を続けているが,ゆとり教育実施後の平成18年調査では,学習時間の低下に歯止めがかかっている。授業時数が減少しても総学習時間は維持ないし微増となっているのである。また、社基調における学業時間には校内清掃やホームルームの時間も含まれているため,実際には小学校でも増加に転じている可能性がある。

続く平成23年調査では,小中高のいずれでも1日当たり10分以上の学業時間増加が確認できる。平成23年は小学校で新指導要領(08年改訂)が実施された年であり,したがって小学生の学業時間増加は単に授業時数増加を反映している面もあるが,中学・高校では98年改訂が実施された最後の年であり,指導要領上の授業時数に変化は無い。ゆとり教育実施前の平成13年調査と比較すると,1日当たり学業時間は中学生で約30分,高校生で約20分増加している。

1.7 ゆとり教育で格差は拡大したのか

補遺

2章

引用・参考文献

[1] 明石 要一・中村 幸雄 1996 「児童会活動の活性化のためのシステムづくりに関する研究: 千葉県下450校の児童会活動の現状分析を通して」『千葉大学教育学部研究紀要. I, 教育科学編』44巻 pp.97-110

[2] 今村 信哉 2003 「児童会活動/特別活動の宿命?時間との戦い」『特別活動研究』2003年6月号 pp.95-96

[3] OECD, 2013, PISA 2012 Results:Creative Problem Solving Students’ skills in tackling real-life problems Volume V, OECD

[4] 大森 修 2002 「新教育課程の詰めをする」『学校運営研究』2002年3月号 pp.66-67

[5] 川口 大司 2013 “Fewer School Days, More Inequality,” Hitotsubashi University Global COE Hi-Stat Discussion Paper Series No. 271.

[6] 河合 剛英 2002 「いつでも『学年T・T』が可能な時間割表の作成を」学校運営研究 2002年4月号 pp34.35

[7] 川村 光 2011 「『総合的な学習の時間』の10年間―2004年学校調査・2005年教員調査と2009年学校・教員調査の比較分析結果報告―」『関西国際大学研究紀要』12号pp.1-12

[8] 教育課程審議会, 1998, 教育課程審議会答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学校,盲学校,聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/021/siryo/04122701/002/009.htm

[9] 教育政策研究会 1987 「臨教審総覧<上巻>」第一法規出版 

[10] 栗原 由紀子 2010「 社会生活基本調査ミクロデータにおける平日平均統計量と標本誤差の計測」『統計学』99号 pp.20-35  

[11] 栗原 由紀子・坂田 幸繁 2014 「ミクロデータ分析における調査ウェイトの補正効果社会生活基本調査・匿名データの利用に向けて」『人文社会論叢. 社会科学篇』31号pp.93-113 

[12] 国立教育政策研究所学習指導要領データベース https://www.nier.go.jp/guideline/

[13] 児島邦宏 1999 「小学校『総合的な学習の時間』の年間指導計画」明治図書

[14] 白根恵子 2011 「『朝の読書』の現状と課題」『佐賀女子短期大学研究紀要』45集 pp.29-34  

[15]初等中等教育局, 1997, 教育課程審議会中間まとめの骨子http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei1998_index/toushin/1310232.htm

[16] 全国学図書館協議会, 2016, 「第61回学校読書調査」の結果 http://www.j-sla.or.jp/material/research/54-1.html

[17] 総務省統計局 2007 「平成18年社会生活基本調査・調査の結果・結果の概要」http://www.stat.go.jp/data/shakai/2006/gaiyou.htm  

[18] 中央教育審議会, 2003, 初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/005/siryo/03081102/003/005.htm  

[19] 中央教育審議会, 2007, 初等中等教育分科会(第55回)・教育課程部会(第4期第13回)合同会議議事録・配付資料http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/07102505/003/007.htm

[20] ベネッセ教育研究開発センター 2008 「第4 回学習指導基本調査」http://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=3247

[21] ベネッセ教育研究開発センター 2007a 「第4 回学習基本調査・小学生版」http://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=3228

[22] ベネッセ教育研究開発センター 2007b 「第4 回学習基本調査・中学生版」http://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=3227

[23] 丸山義王 1982 「児童の学校生活とゆとり―小学校の日課表との関連からみたゆとりについて―」『学校経営研究』7巻 pp.89-98

[24] 薬袋秀樹 2014 「朝の読書の実践と普及のための活動- 1987~1997年度-」『日本生涯教育学会論集』35号 pp.61-70

[25] 宮川八岐 2002「学校行事実施上の課題」『特別活動研究』2002年7月号pp.102-104

[26] 宮永正行 2002 「教頭として考える―『ゆとり』は,『やる気』を育てる」学校運営研究2002年4月号 p.51

[27] 文部科学省, 2004b, 小学校英語活動実施状況調査概要(平成15年度実績)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/04081101/017/001.pdf

[28] 文部科学省, 2004a, 平成16年度公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査の結果についてhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/04120701/005.htm

[29] 文部科学省, 2006, 平成18年度公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査の結果について http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1263169.htm

[30] 文部科学省, 2007, 初等中等教育分科会(第55 回)・教育課程部会(第4 期第13 回)合同会議議事録・配付資料http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/07102505/003/007.htm  

[31] 文部科学省, 2008a, 平成19年度小学校英語活動実施状況調査集計結果http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286184/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/03/08031920/002.htmWARP によるキャッシュページ)45

[32] 文部科学省, 2008b, 子どもの学校外での学習活動に関する実態調査報告http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/08/__icsFiles/afieldfile/2009/03/23/1196664.pdf

[33] 文部省, 1985, 公立小・中・高等学校における特別活動の実施状況に関する調査について http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19850828001/t19850828001.html  

[34] 文部省 1992 「学制百二十年史」ぎょうせい 

[35] 山崎博敏 2008 「学力を高める『朝の読書』一日10分が奇跡を起こす―検証された学習効果」メディアパル

*1:ここでは98年改訂学習指導要領に基づく学校教育を指す。以下の記述も同様である。「ゆとり教育」という言葉の問題については次の記事を参照されたい 正体不明の「ゆとり教育」 - HaJK334の日記

*2:授業時数は単位時間あるいはコマとも呼ばれるが,本稿では単に時間と呼ぶ。断りのない限り,「1時間」とは小学校では45分の1コマ授業,中学校では50分の1コマ授業のことである。

*3:ここでは表1.1から「特別活動」を除いたものを指す。つまり,小学校では国語・社会・算数・理科・音楽・図画工作・家庭・体育・道徳・総合的な学習の時間,中学校では国語・社会・数学・理科・音楽・美術・技術家庭・保健体育・道徳・総合的な学習の時間である。以下,単に「教科学習」と呼ぶ。

*4:ただし,本稿では一貫して総合が指導要領通りに実施されていたことを仮定している。一部の学校では他の教科の時数を総合の時間として読み替えていた可能性があるが,そうした「弾力的」な運用に関しては実態が不透明であるため,本稿においては指導要領通り,小学校で3時間,中学校で最低2時間の総合が行われていたと仮定する。

*5:ただし,朝読書の実施状況は調査によって幅がある。朝の読書推進協議会の調査では,2007 年時点で小学校の71%,中学校の69% が朝読書を実施している。一方で,同じ2007 年に実施された「全国学力・学習状況調査」では,小学校で91.8%,中学校で83.5% の学校が実施している。

*6:ただし,第1 回調査(1997~1998:中学校版),第2 回調査(1998:小学校版)は,全国6 地区(岩手 県,新潟県,東京都,岡山県,福岡県,熊本県)の公立校教諭を対象としており,第3 回調査(2002:小・ 中学校版)では全国14 地区(北海道,岩手県宮城県新潟県,石川県,群馬県,東京都,山梨県,愛知 県,大阪府兵庫県岡山県,福岡県,熊本県)を対象としている。また第4 回調査(2007:小・中学校版)以降,全都道府県の教員数に応じた抽出確率で,無作為に学校を抽出している。経年比較を可能にするため,各年度のサンプルは2007 年調査に合わせて限定されているが,調査地域や調査対象が異なるため厳密な比較はできない。

*7:本稿では削除

*8:本稿では削除。詳細はベネッセ調査を参照のこと