PISAの結果まとめは以下
TIMSSでは得点を等化する際に同時尺度調整法(concurrent caribration)を用いている。同時尺度調整法では異なる年度のデータを一まとめにして母数を推定するため、原理的に等化係数を計算する必要はない。PISAのようにLink Errorを算出する必要はなく、検定統計量は単に次式で求められる。はそれぞれ調査年度a,bの平均得点、はその標準誤差である。
それぞれの教科について、下表に各年度の平均得点、標準誤差の一覧を示した。矢印のついている箇所は成績が有意に変動した箇所である。
算数・数学
小学校4年生ではTIMSS1995-2007の期間に有意な得点の変動はなかった。TIMSS2011以降の結果はTIMSS2007以前の全ての得点に対して有意に向上している。なお、順位の推移は3,3,4,5,5,5位である。中学校2年生ではTIMSS1995, 1999の結果に対してTIMSS2003, 2007の得点はいずれも有意に低下している。TIMSS2015, 2019の結果はそれ以前のほぼ全ての得点に対して有意に向上している。なお、順位の推移は3,5,5,5,5,5,5位である。
理科
小学校4年生ではTIMSS1999の結果に対してTIMSS2003, 2007の得点はいずれも有意に低下している。TIMSS2011, 2015の結果はそれ以前の全ての得点に対して有意に向上しているが、TIMSS2019の得点はTIMSS2011と比較して有意な変化が無く、TIMSS2015に対しては有意に低下している。なお、順位の推移は2,3,4,4,3,4位である。中学校2年生ではTIMSS1995-2007の期間に有意な得点の変動は無かった。TIMSS2015, TIMSS2019の結果はTIMSS2011以前の全ての得点に対して有意に向上している。なお、順位の推移は3,4,6,3,4,2,3位である。
得点と順位の関連
当たり前だが、国際的な順位の変動と年度間の得点の変動は関連が無い。小学校算数ではTIMSS2011以降に国際順位が低下しているが、得点はTIMSS2007以前と比較して有意に向上している。中学校数学ではTIMSS2003-2011の期間に得点が有意に低下する一方でTIMSS2015, 2019は過去最高の得点を記録するなど変動が激しいが、その順位は1999年以降一貫して韓国・台湾・香港・シンガポールに次ぐ5位である。理科も同様なので省略する。言うまでも無いが、経年的な学力の低下と世界における相対的な学力の低下が同時に起こる確率は単に一方が起こる確率よりも低い*1。
ゆとり教育との関連
ゆとり教育とTIMSS得点の変動との関連、特に学力低下との関連を検討するにあたって、まず押さえておかねばならないことは、「ゆとり教育(98年改訂指導要領)による学力低下」と「脱ゆとり教育*2(08年改訂指導要領)による学力向上」は別々の現象であるということだ。言葉の上では「ゆとり教育」によって学力が低下するならば、必然的に「脱ゆとり教育」で学力が向上するはずであり、逆もまた然りである。
ただし、現実というものは概念上の産物では無いのでこの等式が当てはまるとは限らない。一方の教育法だけが効果的なのかもしれないし、或いは異なる二つの教育法が同じ効果を齎す可能性もある。そもそも、08年改訂指導要領は98年改訂指導要領の基本理念を引き継いでいるため、その意味でも「正反対」の教育ではない。ということを踏まえた上で、以下ゆとり教育とTIMSSとの関連を検討していく。
以下は各年度のTIMSS受験者が「ゆとり教育」を受けた年数を表にしたものである。網掛けの部分がその年数となっているが、2009年から実施された移行措置については新指導要領(08年改訂)の前倒しという性格が強かったためグレーにしている。
この表から分かる通り、小学生を対象にした調査ならばTIMSS2011まで、中学生を対象にした調査ならばTIMSS2015まで、ゆとり教育を受けた生徒の結果が含まれている。この表と各年度のTIMSS得点の変化を突き合わせてみよう。以下の表は各年度を比較した結果が「ゆとり教育による学力低下」説を支持するか否かを示したものだ。
ゆとり教育を受けた年数が長い受験者の得点が(有意に)低下していた場合は、この説を積極的に支持するものとして〇を、逆に向上していた場合はこの説を積極的に棄却するものとして×を、ゆとり教育を受けた年数が異なるにも関わらず得点が変化していない場合は、この説を消極的に棄却するものとして△で示している*3。何となくアホっぽいがこの程度のことすらやらないアホしかいないのだから無意味ではないだろう。
集計した結果はそれぞれ〇14、×10、△16であり、約3分の2が学力低下説を棄却した*4。便宜上"消極的に"という言葉と△という記号を使っているが、ゆとり教育を受けた年数が長い(短い)にも関わらず得点が変化していないならば、学力が低下したという説に対しては明確な反証となる。吠えなかった犬理論である。
「脱ゆとり」による学力向上は正しいか
藤井斉亮(としあきら)・東京学芸大名誉教授(数学教育)は「『ゆとり教育』でスリムになったカリキュラムが改められ、学びの充実が図られた結果と言える。
数学オリンピックの入賞者も輩出する、栄光学園中高(神奈川県)の数学教諭、井本陽久(はるひさ)さんも「TIMSSのように知識で正解できる問題は、やらせれば点数は上がる。ゆとりから学力重視に変わった成果だろう」とみる。
冒頭の表を見ても分かる通り、TIMSS2015以降は全ての教科領域で過去最高の得点を記録している。したがって、2010年代半ばから日本の児童・生徒の学力が向上したこと、その要因を学習指導要領の改訂に求めること、数学界隈の人間が碌に報告書も読まずにPISAやTIMSSなどの国際学力調査の数字を誤って引用しては円周率を3.14に戻せなどと意味不明なうわ言をヒステリックに口走っていたことを忘れてまるで自らの手柄のようにTIMSSの結果を誇っているのは合理的である。ただし、それを「脱ゆとり」や「ゆとりからの転換」と表現するのは、これが単なる歴史的な記述でない限り誤りである。
仮に、近年の日本の児童・生徒が天地開闢以来最も学力の高い集団であるならば、言い得るのは単に近年の日本の学校教育が史上最も優れているという事実だけであり、これをわざわざ「脱縄文教育*5」と名付ける人間はいないはずである。にも関わらず「脱ゆとり」を強調するのは、「ゆとり教育による学力低下という事実」を念頭に置いているからであり、それに対する検討は上述の通りである。
ちなみに、TIMSS2015, 2019に参加した全ての国・地域の内、殆ど得点が変化していないカナダ(ケベック)を除くと、成績が向上したのは36ヵ国中27ヵ国であり、その平均は12.1点の増加である。成績が低下したのは9ヵ国であり、その平均は7.8点の低下である。世界中に脱ゆとり教育の波が広がっているのかもしれない*6。
っていうかもう15年くらい「脱ゆとりの成果」って言われ続けてるんだけど。マスコミもいい加減に馬鹿御用達の用語を使うのをやめて改訂年度で表現するようにしろ。これだけ広範に使われてる言葉の定義が統一されてないってヤバくない?お前ら一体何について話してるんだ。現代のズンドコベロンチョだよ。
*1:はずなのだがこの二つを結びつけると人はより説得力を感じるらしい。
*2:08年改訂の理念は文科省曰く「ゆとりではなく・詰込みでもなく」である。
*3:移行措置期間は1年につき0.5年ゆとり教育を受けたものとした。
*4:補足すると、TIMSSでは4年ごとに第4学年・第8学年の生徒を調査しているため、小学生の受験者を追跡調査することができる。TIMSS2003, 2007を受験した世代はTIMSS1995と比較して小学校4年生理科で得点が有意に低下しているが、4年後のTIMSS2007, 2011の中学校理科では有意な差は消失ないし向上している。
*5:余談だが「ゆとり教育では縄文時代を教えない」という民間伝承が存在する。実際は小学6年生で学ぶ内容が中学1年生へ移行されただけであり、2003年の指導要領一部改正後は小学生の歴史教科書にも縄文時代が記述されている。
*6:付記すると、ゆとり教育実施の前後の期間(TIMSS1995-2011)で最も得点の変化が小さかった国は日本である。