社会生活基本調査
「若者の変化」については種々雑多な論者が種々雑多な主張を日夜繰り広げているのだが、若者の変化についてまず第一に参照すべきは社会生活基本調査の結果である。無い頭を絞って愚にも付かない感想文を垂れ流す前に、まずこの調査を参照すれば若者に関する大抵の疑問は解決する。
①通学者の映画鑑賞行動者率の推移
②非通学者の映画鑑賞行動者率の推移
質問票の文言の変遷は以下の通り。
1986年「映画鑑賞」
1991年「映画鑑賞(テレビ等は除く)」
1996年「映画鑑賞(テレビ・ビデオは除く)」
2001年「映画鑑賞(テレビ・ビデオ等は除く)」
2006年「映画鑑賞(テレビ・ビデオ・DVDなどは除く)」
2011年「映画鑑賞(テレビ・ビデオ・DVDなどは除く)」
2016年「映画館での映画鑑賞」
いずれもスマートフォンの普及後に若年層の行動者率が10~20ポイントほど高まっている。2006年調査の20代では通学者と非通学者の動きが異なっているが、これは大学生の学業時間が大幅に増加したためかもしれない。以下のグラフは高校・大学生の学業時間の推移である。
2006年調査では大学生の1日当たり学業時間増加が30分ほど伸びており、以降も増加傾向である。1996年・2001年時点の大学生と2016年時点の大学生を比較すると、1日あたり学業時間は50分以上も差がつくことになる。なお、大学生ほどではないが、2000年代以降に学業時間が増加し続けているのは小中高で同様である。
当然だが一次・二次・三次活動の生活時間配分も大きく変化している。
社会生活基本調査では、社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動を「二次活動」、これら以外の活動で各人の自由時間における活動を「三次活動」と呼んでいるが、2001年と2016年の20代前半(通学者)を比較すると、二次活動が68分増加している一方で三次活動は84分減少している。10代後半(通学者)ではそれぞれ46分の増加、49分の減少である。
統計リテラシー
こちらの記事では"総務省「社会生活基本調査」によれば、映画館での映画鑑賞の平均行動日数は、2006年からの10年間で全年代において減少"としているが、若年層に限っては当然であろうと思う。むしろこれだけ三次活動時間が減少しているにも関わらず、2016年調査では多くの「趣味・娯楽」で若年層の行動者率が増加していることに注目すべきである。常識的に考えればスマホの普及によってテレビ・PCに張り付く必要がなくなったと解釈できる。
忍耐力についても同様である(上記の記事では集中力だが)。学業時間が増加し、その分趣味・娯楽に費やす時間が減少したのだから、常識的に考えれば忍耐力が向上しているのだろう。忍耐力とは「やりたいがやってはならない」「やりたくないがやらなければならない」時に発揮されるものであって、「やりたくてやっている」時に必要とされるものではない。
最近はゲームや漫画、そして映画のように"娯楽すら満足に楽しめない若者(子供)"という言説が見られるが、これは単に今の中年層が勉強もせずに娯楽ばかり楽しんでいたことの反映かもしれない。
ところで、600近いコメントが付いておきながら
総務省「社会生活基本調査」によれば、映画館での映画鑑賞の平均行動日数は、2006年からの10年間で全年代において減少。10代から20代の若い世代に至っては、映画自体を観る機会が低下している傾向にある。
この文章に殆どツッコミが無いことの方が記事の内容より衝撃である。"2006年から"ということは当然のように2006年がピークなのだろう。それではそれ以前の数値はどうなっているのか。日本の歴史も社会生活基本調査も2006年から始まったわけでは無いのだから、統計は残っているはずである。
また、一文目と二文目の繋がりがおかしい。"全年代で減少"の根拠が社会生活基本調査であるのは明らかだが、二文目の"若い世代に至っては~"は根拠が明示されておらず、したがって非常に違和感のある文章になっている。何故誰もこれを指摘しないのだろうか。
実際の統計を確認してみると以下の通りである。なお、1986年, 1991年調査でも頻度別の統計が残っているので平均行動日数を計算することはできるのだが、面倒なのでやっていない。中学生程度の計算能力があれば誰でもできるので暇がある人は計算してほしい。
2006年調査と比較すると、40代前半を除き各年代いずれも年間二日前後の減少となっている。また、全ての年代でH8<H28<H13という関係にある。若年層が突出して低いわけでもなければ、減少率が大きいわけでもない。
実は…?
記事中には特に注釈もないが、社会生活基本調査の平均行動日数は、正確には"行動者の平均行動日数"である。したがって、普段映画を見ない層まで動員するような大ヒット作が公開された場合、それによって平均が引き下げられる可能性がある。普段から映画を見ている層の平均日数増加の影響よりも、年に一、二作しか見ない層が平均値を引き下げる影響の方が大きいからである。なお、生活行動調査で最も低い頻度階級は「年に1~4日」であり、平均値の計算にはその中央値である2.5日が使われている。
調べた。案の定であった。2011年調査と2016年調査の10代~20代を比較すると、映画鑑賞の行動者総数は1,362万7千人から1,564万人へと増加している(「何日ぐらいしたか分からない」を除く)。頻度別の内訳は「年に40~99日(週に1日)」以上の全ての階級で減少(計9万人減少)、それ未満の全ての階級で増加(計210万3千人増加)というはっきりした傾向が確認できた。
「年に40~99日」以上の行動者はいずれの年度でも1%前後しかいないため、映画離れや集中力の低下によってライト層が増えたとは考えられない。平均行動日数が低下したのは、明らかに「見ない層」がライト層へ移行したことが主因であり、実際、年に数日(「年に1~4日」「年に5~9日」)の行動者だけで134万8千人増えている。前半の説明は無駄だったかもしれない。なお他の年齢層でも全く同じ傾向が確認できる。
まとめ
①行動者率が増加している以上「映画離れ」とは言えない
②行動者率が増加しているにも関わらず、平均行動日数が低下しているのは、二次活動の増加・三次活動の減少で説明できる
③集中力にしろ忍耐力にしろ、「映画鑑賞の平均行動日数」より「学業時間」の方が遥かに説明力の高い指標である
④そもそも若年層の平均行動日数が特別に低いという事実はない
⑤平均行動日数低下の主因は「映画を見る若者が増えたから」である(オチ)