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家庭的背景による日本の学校格差について

OECDPISA調査によれば、日本は家庭的背景による学校間格差が参加60ヵ国の中で最も高い」

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PISAから日本の学力格差をみる―家庭的背景・学習方略を中心に― 垂見裕子 准教授 (2012年6月当時) – 早稲田大学 高等研究所

 

猫も杓子も格差を語る時代でありながら、そもそも「格差」とは何かを理解している人は少ない。ここではPISA調査を例にして親の社会経済的地位(SES)と教育格差の関連について説明する。

というわけで、上掲のグラフは"PISA 2006 Science Competencies for Tomorrow's World: Volume 1: Analysis" p.194に掲載されているが、これはあくまで生徒レベル・学校レベルのESCS(PISA index of economic, social and cultural status)を0.5σ変化させた場合のPISA得点の変化を示したものだ。日本で言えば、生徒レベルのESCSを0.5σ変化させたときにPISA(科学的リテラシー)得点が3点変化し、学校レベルのESCSを0.5σ変化させたときにPISA得点が67点変化するということだ。PISAの得点スケールは標準偏差が100に設定されているので、それぞれ0.03σ, 0.67σの変化ということになる。

このグラフは報告書の中では"Figure4.12"となっているのだが、実はその一つ前の"Figure4.11"にも同様のグラフが掲載されている(こちらはテスト得点とESCSを回帰分析をした際の回帰係数が示されている)勿論ただ同じ図表を並べているわけではない。4.12のグラフには4.11の表には無い情報が含まれている。それが横軸の数字であり、これは学校レベルの平均ESCSの四分位範囲である。

つまり、4.12のグラフは(グラフ中にも明示されている通り)社会的、経済的、文化的指数を変化させた場合の「効果」なのであり、効果が大きいからと言って、直ちにその国の格差が大きいという「結果」が導かれるわけではない。例えば、いくらESCSによる効果が大きくとも、それ以上にESCSの格差自体が小さければ、当然に格差は縮小する。

正に日本がその一例である。日本の場合、学校レベルのESCSの効果は60ヵ国中1位となっているが、ESCSの四分位範囲である0.52と言う数字は60ヵ国中10位の数字である。制度的・文化的に学校選択が殆ど行われないような国が上位を占めていることを考えれば、日本は世界でもトップレベルに「学校間格差」が小さい国であるとも言いうる。このように、どちらの数字を採用するかで180度主張が変わってしまうのだから、このグラフを引用する研究者は絶対にこの点を注するべきである。

次に、生徒レベルのESCS効果を見てみよう。日本は学校レベルのESCSの効果が大きい一方で、生徒レベルのESCSの効果は非常に小さい。具体的には、4.12における日本の生徒レベルESCS効果は3点、これは60ヵ国中3位(同順位他6ヵ国)の数字である。この二つのレベルのESCSを区別しない場合の効果はFigure4.6に示されている。それによれば、得点に対するESCSの回帰係数は39点、これはOECD平均(40点)とほぼ同程度の数字であり、数字が掲載されている55ヵ国(地域)の中では19番目に高い値(同順位他3ヵ国)である。

また、学校レベルのESCS格差と同じく、生徒レベルのESCS格差も非常に小さい。Figure4.8によれば、日本の生徒レベルのESCSの四分位範囲は1.05、これはノルウェーと並んでトップの数字である。つまり、学校レベルと生徒レベル、その効果と実態という4つの指標の内、唯一問題視されるのが「学校レベルのESCSによる効果」であり、正にこの点が集中的に問題化されているのである。なお、言わば最終的な結果、つまりESCSが生徒の成績に寄与する割合はFigure4.6に示されているが、その結果は日本の場合7.4%であり、これは全ての国・地域の中で5番目に低い値である。

以上の結果を「効果」と「実態」と「結果」に分けて簡単に示すと以下のようになる。

【効果】
・学校レベルのESCSによる効果は非常に大きい(0.5σにつき67点/降順1位)
・生徒レベルのESCSによる効果は非常に小さい(0.5σにつき3点/昇順3位)
・レベルを区別しない全体のESCS効果は平均程度(1単位につき39点/昇順19位)

という効果があるが

【実態】
・学校レベルのESCS格差は小さい(四分位範囲0.52/昇順10位)
・生徒レベルのESCS格差は非常に小さい(四分位範囲1.05/昇順1位)

という実態により

【結果】
・ESCSが成績に寄与する割合は非常に小さい(7.4%/昇順5位)

という結果になるわけである。