①学校読書調査
毎日新聞社と全国学校図書館協議会が共同で実施している経年読書状況調査。第1回調査は1954年に実施され、現在に至るまで1年ごとに計65回の調査が実施されている。ただし、全国学校図書館協議会と連携し、抽出方法が全国ランダムサンプリングとなったのは1963年の第9回調査からである。以降は調査方法に大きな変更は無い。
これは俗説と照らし合わせると非常に面白い結果となっている。中高生の不読率は1997年に過去最高を記録しているが、実は、出版部数・売上がピークに達したのも同じ1997年である。つまり、この年を境に出版業界がいわゆる「出版不況」へと突入していく一方、子供の読書習慣は劇的に改善していったということだ。子供・若者の読書離れと出版不況を結びつける言説が如何に馬鹿げているかが良く分かる。
また、読書離れの原因としてしばしば挙げられる「ゆとり教育」との関連においても興味深い結果である*1。1997年というのはゆとり教育実施5年前であり、これを実施5年後の2007年の結果と比較すると、小学生で10ポイント、高校生で20ポイント、中学生に至っては40ポイントも不読率が減少している。特に中学生の不読率14.6%という数値は調査開始以来最も低い数値である*2つまり、ゆとり教育を挟んだ僅か10年の間に中学生の読書率は史上最低から一転、史上最高を更新するほどの激甚な変化を示したということになる。
②読書週間世論調査
読売新聞社が1978年*3より成人を対象として実施している読書状況調査。Wikipediaの「活字離れ」でも引用されている調査であり、若者の読書離れ論者の数少ない拠り所でもある。とりあえずWikipediaの該当箇所を引用してみよう。
一方、20代の読書離れも指摘されている[6]。学生層の読書量減少は顕著で、1985年(昭和60年)に1割だった無読率は2005年(平成17年)には4割弱へ増加し、また月4冊以上読んだ学生は4割から2割へ減ったという。
それではこの記述を詳細に検討してみようと言いたいのだが不可能である。なぜならば、読書週間世論調査は報告書が刊行されていないからだ。当該調査の結果は記事中に断片的に示されるだけであり、年齢別の読書率といった基本的なデータすら示されないことが多い。Wikipediaの記述が15年前の結果で止まっているのもこれが理由である。これほど堂々とチェリーピッキングされると批判する気も失せる。
一応この結果を検討するに、(大)学生層の読書離れ傾向が顕著な一方、20代の不読率は第1回調査の34%から41%と7ポイントの増加に留まっているため、単に大学進学率の上昇とそれに伴う大学生の質的低下が主因だろうと思われる。大学生の質的低下については何度でも以下の記事を引用しておく。
面白いのは第1回調査の結果である。
”活字離れ”むしろ年配者に 主流は趣味・娯楽 「読書」本社世論調査
今月二十七日から来月九日まで、恒例の「読書週間」。活字ばなれが口にされ出してからずぶんたつし、筑摩書房の倒産では、教養主義の崩壊がいわれた。出版界は、かつてない不況を迎えて、売れるのはコミック誌ばかり、ともいわれている。――こうした状況の中で、読者像は変わってきているのか、どうか。読売新聞では、今月二十一、二十二の両日、二十歳以上の三千人を無作為抽出して、全国世論調査を行った。回答率は74.0%(略)興味深いのは、年齢別で、「読まない」人が二十歳代の34%から始まって七十歳以上の69%まで、年齢が増すに従ってふえていることだ。これは、毎月読む本の冊数の別の調査でも同様で、高年齢者ほど読む本の数が少なくなっている。活字ばなれが、若い人の特徴のようにいわれていることに対する皮肉な回答である。
読売新聞 1978.10.29付朝刊 14(3)
年を経るにつれ読書率が下がっていくという現象は、少なくとも筆者が確認した限りではいずれの読書調査でも確認できる頑健な現象である。面白いのは、その普遍的な現象が意外な結果として取り上げられているという点だ。この記事に限らず、中高年の方がむしろ本を読まないという事実は数年に一度の頻度で話題になるのだが、不思議なことにこれが常識となる気配は一向に無い。事実の無力さを思い知らされる。
文化庁が1995年より毎年実施している調査。2002・2008・2013年調査では不読率が調べられており、経年比較が可能となっている。2008年調査以降、不読率が急増したことから、これも読書離れ言説の根拠の一つとなっている。
この結果について、 電子書籍を含めると不読率は急減していると説明されることもあるが、これには補足が必要である。上述の「1か月の不読率」を問う設問では概ね40代を底としてV字型のグラフとなっているのに対し、「ふだん、電子書籍(雑誌や漫画も含む)を利用しているか」に対する「紙の本・雑誌・漫画も電子書籍も読まない」の回答は10代から右上がりのグラフとなっている。いずれも不読率を問う設問となっているはずがその分布は異なっていることから、電子書籍の利用率が回答に影響を与えていることは確かだと思われるが、期間が違うため以下の資料のように単純に合算するのは適当ではない。
④学生生活実態調査
全国大学生活協同組合連合会が1963年より毎年実施している調査。大学生の読書率(読書時間)も調べているが、1998年調査で読書関連の設問が削除された後、2004年調査から復活している。ここ数年は不読者(読書時間0)の割合が急増していることから、特にスマホ原因説と相性が良い。
2013年以降に不読者が急増しているため、スマホの普及が原因だと考えるのは自然である。ただし、当該調査は大学生のスマホ利用も調査しており、読書時間に対するスマホ時間の効果はきわめて弱いと結論付けている。学校読書調査における高校生の不読率は元々5割前後と比較的高く、読書習慣のある学生の平均は下がっていないことを考えれば、大学進学率の上昇によって読書習慣の無い大学生が増えていることが影響しているのかもしれない。
7-1 読書時間にスマホ時間の影響は強くない
2013年〜2017年(5年度分)の個票データを用いて、読書時間減少の背景を探った。その結果をまとめると以下になる。
1. 読書時間の平均は減少しているが、顕著なのは「0分」層の増加であった。
2.「0分以上」、つまり読書をする習慣がある学生の平均は減少傾向にはない。
3. 属性別にみても、「0分」層は女性、理系および医歯薬系、下級学年(1-2年生)、学生生活の比重が「勉強第一」以外の学生であることが確認された。
とりわけ、スマホ時間と読書との関連性に注目した。加えて、読書と関わりのある勉強時間についても分析した。その結果をまとめると以下になる。1. 調査年ごとの読書・スマホ・勉強時間の推移を算出し、読書との関係の有無をみたところ、読書時間減少にはスマホ時間による直接的な強い効果はみられない(効果があるといってもきわめて弱い)。
2. 読書時間と勉強時間も直接的な強い効果はみられないが、スマホ時間より強い。
3. 読書をする(日々の習慣を持つ)学生は誰なのかという問いを用意し、モデルを作成し、多変量解析(ロジスティック回帰分析)をしたところ、すべての時間変数よりも属性の効果が大きいことがわかった。
4. スマホ以上に、読書習慣が減った要因には時点(時代)の効果が大きい。もちろん、属性による効果もある。5年分のデータ分析という但し書きをつけておくが、2014年を頂点として読書習慣のある学生は年々減ってきており、1年ごとに読まなくなってきていることが確認された。
5. スマホ利用が読書を減少させたという説は支持されない。むしろ、最近の大学生の高校までの読書習慣が全体的に下がっていることの影響が大きい。
ところで、「読書離れ データ」で検索するとトップに出てくるページでは何故か
全国大学生活協同組合連合会も調査で「スマートフォン(スマホ)の普及が読書離れの原因」という見解を発表しています。
とされているのだが、一体どの資料を参照したのだろうか。
⑤社会生活基本調査
社会生活基本調査では「趣味としての読書」の行動者率が調査されている。当該調査は国民の生活時間の変遷を知る上ではまず第一に当たるべき資料なのだが読書習慣を含めなぜか参照されることが少ない。この調査の結果について舞田敏彦が以下のような主張をしている。
2001年調査と2016年調査の結果を比較し、40代以下の世代で読書離れが起こっているという主張だが、なぜ5年ごとのデータが蓄積されている調査で2時点間の比較を行っているのかをまず疑問に思うべきである。たとえば、「過去20年間の読書離れ」と題し、1996年調査と2016年調査の結果を舞田式作図法に従いグラフ化すると以下のようになる。
舞田の主張では30代に次いで読書離れしていた40代の差は消滅、10代では逆に2016年調査の数値が10ポイント弱高くなっている。このように、比較する時点によって(当たり前だが)得られる結果はまるで異なっている。
ちなみに1996年調査の数値は前後の調査と比較しても何故か低いのでこれをもって読書離れが生じていないと主張するつもりはない。それよりも、社会生活基本調査における「趣味としての読書」には「漫画」も含まれているという事実を明記していない方が問題である*4。
補足
この記事では特に強調しなかったが、近年の読書離れ論の根拠が脆弱である一方、中年世代(30~40代)の読書離れについては比較的確かである。最近は漫画やゲーム、映画のように"娯楽すら満足に楽しめない若者(子供)"という言説が流行しているが、これは単に今の中年世代が勉強もせずに娯楽ばかり楽しんでいたことの反映かもしれない。
*1:試しに「ゆとり 読書離れ」と検索すると良い
*2:正確には1963年調査の方が低い数値となっているが、調査手法を一新した後の初回調査のためか、前後の結果と比較して連続性に欠けるため除外した。63年調査では小学生の不読率がほぼ0、中学生が1割程度であるのに対し、翌64年の調査ではそれぞれ1割弱、3割程度と跳ね上がっている。
*3:Wikipediaや他の書籍では1980年開始とされているが、実際には1978年開始の調査である。最近は他ならぬ読売の記事ですら1980年開始と書いているが、問い合わせた結果は1978年開始で間違いなかった。80年調査の紙面を見ても勘違いする要素は無いので一体どこから80年開始説が広まったのか知りたい。
*4:「漫画雑誌」が読書と雑誌のどちらに分類されるのかは不明。