若者論を研究するブログ

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若者のPC離れについて② なぜおじさんは若者のPC離れを信じるのか

上の記事に示したように、『通信利用動向調査』『青少年のインターネット利用環境実態調査』によれば、現在の20代のPC利用経験はそれ以前のどの世代よりも豊富である。また、『消費動向調査』によれば、20代のPC保有率は2010年代以降概ね7~8割を推移しており、2020年の3月調査では全年代でトップの84.4%となっている。これは2015年調査の86.6%に次ぐ数値であり、20代の保有率が全年代でトップとなったのも2015年に次いで2度目である。

ちなみに、以下の記事では不破雷蔵氏が

2020年では中年層(30-59歳)を抜く形となったが、総世帯の29歳以下における集計世帯数は少ない(2020年時点で192世帯)ことから、統計上のぶれが生じている可能性は否定できない。

と主張しているが、氏が「まさに『若者のパソコン離れ』が体現化された形ではある」と表現している2016-2017年調査の29歳以下集計世帯数は2020年調査の192世帯よりも少ない(2016:91世帯, 2017:101世帯)。自説に都合の悪い結果だけ疑うようにしているらしい。

 

各種実態調査の結果を読む限り、今の20代は有史以来最もPCに慣れ親しんだ世代であると言える。加えて、今の20代は初めて「情報」科目が必修になった世代でもある。にもかかわらず、以下のTogetterまとめやそれに付いたはてブコメントが示すように、「若者のPC離れ」を素朴に信じるおっさんは今も増殖し続けている。何故だろうか。

①無能説
「ググれば一番上に出てくるとこなんで!」URL貼れと伝えても…何度注意しても参考資料などをスクショで送られてくる話 - Togetter

スマホ生まれスマホ育ちの文化圏

2020/06/23 12:01

冒頭の記事にもあるように、パソコン利用率はスマホが登場するまでは右肩上がりであり、かつ、スマホが爆発的に普及したのは2013年である。まとめで取り上げられている彼は25歳ということなので、彼が10代の頃のPCの(インターネット)利用率は概ね9割前後、スマホが普及したのは彼が高校を卒業する前後ということになる。したがって、スマホ生まれでもなければスマホ育ちでもない。時系列を計算するのは一部の人にとって知的負荷の高い作業なのかもしれない。

②n=1説
「ググれば一番上に出てくるとこなんで!」URL貼れと伝えても…何度注意しても参考資料などをスクショで送られてくる話 - Togetter

ソースコード送ってもらうとき指定しないとスクショで送ってくるのよ20代はガチで。Slackでもコードスニペット使わないでスクショ送ってくるのがデフォ。検索性(Indexibility?)がおちるからやめようね、って言ってる。

2020/06/23 14:02

全く無意味な個人的エピソードだが、あらゆる差別や偏見はこのような他愛も無いエピソードを媒介として強化される。リチャード・ニスベットが行った一連の実験によれば、人が人の能力や性格を判断しようとすると、途端に大数の法則が適用できなくなるという。

Nisbett, R. E., & Kunda, Z. 1986 Prediction and the partial understanding of the law of large numbers.

③二律背反説
「ググれば一番上に出てくるとこなんで!」URL貼れと伝えても…何度注意しても参考資料などをスクショで送られてくる話 - Togetter

これ、携帯ばかり使っているとこうなりそうと妄想している。(あと、スマホって操作が明らかに使い難い。感覚的に操作できる部分と、そうでない部分の落差があって、感覚的に出来ない部分が全然わからん。)

2020/06/23 17:10

この説自体に問題は無いが、念のため注記しておくと今の20代の多数派は恐らく「スマホもPCも使える」である。PC利用経験とPCスキルに相関があるというならば、少なくとも以前の世代と比較してそうなるはずである。繰り返しになるが、今の20代が10代であった頃のPCによるネット利用率は9割前後と極めて高い。たかだか10年20年の歴史すら認識できない人間にまともな議論が出来るはずがない。

④心性説
「ググれば一番上に出てくるとこなんで!」URL貼れと伝えても…何度注意しても参考資料などをスクショで送られてくる話 - Togetter

若者さんご自身がいつも人からもらった情報を追う気がなく、リンク踏んで移動するのが嫌だから「スクショの方が便利でしょ?」理論の親切心()という可能性。TikTokが流行るくらいには、開くのも面倒みたいだからなぁ。

2020/06/23 21:26

若者論の批判的検証を旨としている当ブログの性質上、中高年男性に対して各種資料を提示する機会は多いのだが、それが顧みられることは殆ど無い。自分に優しく他人に厳しいのが昨今のおじさんの流行、もとい人間の本性だと考えられる。

⑤自称PC世代説
「ググれば一番上に出てくるとこなんで!」URL貼れと伝えても…何度注意しても参考資料などをスクショで送られてくる話 - Togetter

手書き世代とスクショ世代に挟まれて、日本を更新するはずだったPC世代人たちは社会から冷遇されているという。

2020/06/23 22:16

個人的に面白いと思っている説。30代どころか40代、50代の中高年までもが「若者のPC離れ」を嘆いているのは、彼らが若い頃に「今の若い子はパソコン(キーボード)が使えてえらいねぇ~」とさんざ褒められた経験を持っているからではないか、という仮説である。

勿論これはタイピングができないどころかキーボードを見ただけで泡を吹くようなジジババと比較しての話であって、褒められたといってもその中身は「最近の子はキーボードを怖がらない!すごい!」みたいなくっそハードルの低い話でしかない。「キーボード世代」という言葉は80年代後半から90年代を通してしばしば使われているが*1、その殆どは最近の若者が「キーボードに抵抗がない」「タイピングをすぐに覚える」といった事を意味しており、実際のスキルに対してキーボード世代と形容しているわけでは無い。

ところで、実際にタイピングが出来るわけでもない彼らが何故「キーボード世代」と形容されたのか。その理由は論者によって多少のヴァリエーションはあるが、最も広範に流布したのが「ファミコン仮説」である。当時はキーボード世代とファミコン世代はしばしば同一視されていたのだが、その典型的一例として以下のような記述がある。

 ファミコン世代の子供たちは数年後にパソコンを使うようになる。彼らはキーボードに親しんでいないが、パソコンを抵抗なく使いこなすであろう。なぜならば、ゲームを通してディスプレイ画面を見て、指で反応することに慣れているからである。次々に画面に表示される情報から即座に状況を判断し、指を動かして新しい状況へと進むことを繰り返している。これはパソコンを使うときの状況に似ている

 また、パソコンでゲームをしている子供達を見ていると、キー操作がわからない時にキーをでたらめに押している。キーボードを恐れないのには驚かされる。誤ってキーを押してもディスプレイが爆発するとか平手打ちをあびるなどの危険がない事を知っているからである。操作が分からないときに、キーをでたらめに押せるようになれば、キーボード・アレルギーは解消している。

 

浅井 勇夫, 『 パソコンとのつき合い方 (<短期連載> 情報マンのためのパソコン講座 第1回)』, 情報の科学と技術 40(10), 667-673, 1990

レベルの低さはともかく、面白いのが現代の状況との好対照である。ここでキーボード慣れの要因として取り上げられている箇所はスマートフォンに置きかえても全く違和感が無い。むしろスマホの方が明らかにパソコンと共通する操作が多いだろう。この程度で今の子供は凄いと言われるのだから今の10代が90年代にタイムスリップすれば新人類どころか超人類扱いである。

つまり、かつての「キーボード世代」と現在の「キーボード離れ世代」の何が違うのかと言えば状況が違う。誰もがPCを使えない状況ではPCとの親和性は即ちPC慣れの要因と認識され、片や誰もがPCを使う状況ではPCとの親和性は即ちPC離れの要因として認識されるわけである。この認識のギャップこそが「自称PC世代おじさん」が発生する主因なのかもしれない。

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*1:管見の限り、「キーボード世代」の初出は1988年に出版された『現代の都市型消費者―ライフスタイルに新しい波』である。こちらでもやはりファミコンがキーボード慣れの要因として指摘されている。"今後こうしたヤングがますます増えていくことは確実といってよい。すでに、ファミコンでキーボード操作訓練を十分すぎるほど積んだ後続部隊が大勢後に控えている(出典同上)"