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スマホ依存によって若年層の睡眠時間は減少したのか / 本川裕氏によるデータの不正利用について

直接的なデータが明示されていない論説はまず疑うべきことを教えてくれる事例。統計リテラシーの解説本も出している本川裕氏が身をもって教材を提供してくれた。

記事によれば、

日本人の睡眠時間は減り続けている。総務省の「社会生活基本調査」によると、1976年から2016年にかけての40年間に、働いている男性の睡眠時間は8時間12分から7時間29分へ43分短縮、働いている女性の場合は7時間45分から7時間15分へとちょうど30分短縮となっている。

 とのことであり、このデータに続いて「国民健康・栄養調査」の結果が紹介されている。それによれば、若い世代ほど睡眠不足に悩んでいる割合が高く、また、その原因の第一位は「就寝前スマホ」であったという。ちなみに「就寝前スマホ」というのは本川の造語であり、実際の質問票は「就寝前に携帯電話、メール、ゲームなどに熱中すること」となっている。

ところで、記事中では日本人全体の睡眠時間について、具体的な数字を使ってその減少を強調しているのだが、不思議なことに若年層の睡眠時間が明示されていない。不思議だったので実際に調べてみた。以下の図は1986年から2016年までの30年間における年齢別睡眠時間の推移である。

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一見して明らかなように、10代~30代の睡眠時間はこの30年間横ばいないし微増となっている。他方で、40代以上の中高年の睡眠時間が大きく減少している。日本人の睡眠時間減少の主因は明らかである。なお、上図は日本人全体の睡眠時間の推移を示しているが、性別ごとの有業者に限定してもこの傾向は変わらない。

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どうも本川氏はスマホやネットのことになると暴走してしまうきらいがあるらしい。

president.jp

記事中にも示されている通り、日本のインターネット利用時間は韓国に次いで低く、また、これも韓国と同様に高学力層ほどネット不接続にイラつきやすくなっているため「バカでキレる子」という表現は他国の児童・生徒を誹謗していることになるのだが、氏はそのあたりのことをどう考えているのだろうか。

 ところで、PISA調査におけるそれぞれの分野の得点スケールはいずれも2000年代までに確立しているため、それ以降のPISAの平均得点の推移を確認することで氏の主張を検証することが出来る。仮に、スマホやネットによってバカな子供が量産されるのだとすれば、PISAの平均得点は年々低下しているはずである。

勿論していない。PISAの報告書では、それぞれの調査分野の得点スケールが確立して以降の、得点の平均変化率*1が報告されているが、PISA2018の結果が出た時点でOECD平均得点の変化率はほぼゼロであり、いずれの分野も有意差は無い。ちなみに、PISAに参加した全ての国・地域の中で最も安定的な得点推移を示した国は日本である。

 しかし「バカ」「キレる」「量産」「怖さ」「即刻禁止せよ」との言葉遣いは煽りにしても酷い。「日本人」や「移民」という言葉を混ぜれば立派なレイシストの檄文が出来上がりそうだ*2。私もおっさんと呼ばれる年だが日本の中高年が自らの健康と良心を犠牲にしてまでスマホを敵視する理由は分からない。

 

*1:PISA調査における得点の平均変化率の定義はPISA 2018 Results (Volume I), pp.194-196を参照。

*2:JESⅢの2005年衆院選事後調査では「日本国内で起こるすべての犯罪のうち、何パーセントくらいが外国人によるものだと思いますか」という設問が含まれているが、回答の平均値は26%,中央値は20%,回答者の14%が50%以上と回答している。また、内閣府が2015年に実施した『少年非行に関する世論調査』では、「あなたの実感として,おおむね5年前と比べて,少年による重大な事件が増えていると思いますか,減っていると思いますか」という問いについて、減っている(「ある程度減っている」+「かなり減っている」)と回答した者は2.5%であった。